一人暮らしを始めたら、箒で掃除をするのが夢です。
なんとなく、良い暮らしをしている感じがする。それだけなんですけどね。(笑)
そんな暮らしを思い描いている人もいるのではないでしょうか。
時代の流れや、技術の発展と共に暮らしが「豊か」になってきました。
掃除だって、わざわざ自分でやらなくても機械が勝手にやってくれる、そんな時代です。
でも、それはあなたの暮らしにとって、本当に「豊か」と言えるものですか?
「便利」と「豊か」は必ずしも比例しないのではないか、私はそんな風に考えています。
そんな暮らしの提案をしてくれている一つの箒(ほうき)屋さんに出会いました。
今回の物語の主人公、白木屋伝兵衛商店さんです。
お話をしてくださったのは、店長の高野さんと、箒職人の神原さん。
暮らしの「豊かさ」を問い直す白木屋伝兵衛商店の物語です。
― 正解もゴールもない、だから面白い
白木屋伝兵衛商店は、都内ではすっかり珍しくなってしまった箒の専門店。
中に入るとずらーっと箒が並んでいます。
「まだこんな店あるのかあ!」と驚かれることも多いそうです。
(店内写真)
奥では神原さんが箒を作りながら待っていてくださいました。
普段いる作業場は狭いため、今回のような取材のときは店舗で作業をしながら話をしているそうです。
「作業場は狭いし、エアコンもないからね。環境は過酷ですよ。ここは天国です。(笑)」
環境づくりが整っていない、というわけではなく、箒を作る材料や商品の品質を保つためにエアコンなどは使わないようですが、それでもその環境に耐えられずに辞めていく若者も多いそうです。
「“職人”の仕事に興味を持ってくれる若者はいます。でも、やっぱり環境だったりいろんな現実を見て受け入れられないと、辞めてしまうんです。僕も、職人に対しての憧れはずっとありました。箒の職人になったのは本当にたまたまだけれど、手に職をつけたかったんです。」
そんな神原さんは、箒職人歴10年目。大ベテランかと思いきや、白木屋で働く職人さん3人の中では一番の新人さんだそうです。
「よく『そんなに毎日同じ作業をして飽きませんか。』とか聞かれます。でも、毎日新しい発見や課題が見つかるし、使う材料一つ一つの形も違うから一本ごとに新鮮な気持ちで作っています。作業場では、他の二人が見える形で作業しているから、常に学ぶことばかりです。」
(作業写真)
正解やゴールがなく、自分にしか生み出すことができない一本の箒を作り続けているからこそ、そこに面白さを感じるそう。一見、ずっと同じことの繰り返しで退屈そうにも見える職人の仕事。しかし、神原さんの話を聞いていると、箒作りを楽しみながら、目の前の一本にこだわりと情熱をかけている職人仕事に誇りを持っていました。
箒一本一本にも個性があって、よく見てみるとその職人の癖やこだわりが見えてきます。
(3本の箒写真)
なんだか雰囲気が違いますよね。
― ずっと変わらないもの、そばにあり続けるもの
ここ、白木屋伝兵衛で作られる箒は、「江戸箒(ほうき)」と呼ばれるものです。
(箒写真)
江戸箒とは、「ホウキモロコシ」というイネ科の一年草を使って作られた箒のこと。
江戸箒は、当時の長屋暮らし、つまり畳に合った箒として生まれたそうです。
柔らかく、コシのあるホウキモロコシは力を入れなくてもササっと掃き出しやすいのが特徴です。
実は、この「江戸箒」という名前で作り始めたのは白木屋伝兵衛商店なんです。
その歴史は、天保元(1830)年に銀座で創業してから189年ずっと続いてきています。
「変わらない凄さって、あると思うんです。」
変わらずにずっとあり続けてくれているはずの箒、
しかし、白木屋伝兵衛商店をはじめとした”伝統”や”老舗”といわれるところから生まれる道具たちを、
どこか”芸術品”や”飾っておくもの”として遠ざけてはいないでしょうか。
(作業写真)
「良いモノを使わないと、もうその道具自体を使わなくなって、閉ざしてしまいますよね。」
「飾らないで、使ってほしい。それが一番伝えたいことですね。」
箒は、いわゆる消耗品です。
それでも、一度買ったら5年から10年も暮らしの側にいてくれる日用品です。
フローリングや畳、絨毯にも使えます。
廃れてきて座敷箒としての使命を果たしたなと思ったら、切って整えてあげれば、
また、洗面所や玄関先用として、用途を変えながら最後まで使えるものなんです。
ずっと側にいてくれる存在って、嬉しいですよね。
子どもの頃から一緒のぬいぐるみやタオル、何年もそこに立っている木、お気に入りの場所や自分だけの秘密基地。
そんな、ふとしたときに寄り添ってくれる存在を持っている人はたくさんいると思います、そして誰しもが憧れるものです。
箒はもう何百年も、この世界にあり続けてくれているんです。
こんな頼もしい存在、他にないんじゃないかなぁ。
― 新たなチャレンジ、それはかつてあった暮らしを取り戻すもの
(高野さん写真)
「ブランド化して売っていく、とか、単なる懐古的なものではなくて、『掃除機以外にも箒があって、こんなメリットがあるんですよ』というのを伝えている段階。これがもっと普通にコンビニやホームセンターに行ったら、うちで作っているくらいの箒が売っていて、買えるようになったら、それが最高のゴールになると思います。」
「『これから』のために、『いままで』をもう一度見直してみよう、ふとそう感じた時、私どもの作る『江戸箒』は、これからの『豊かさ』を考え、実現していくための『きっかけ』となる可能性をもった商品だと考えています。」
(HPより引用)
これが、高野さんが目指すゴールであり、白木屋伝兵衛商店が届ける価値であると思います。このゴールを目指すチャレンジの一つ、きっかけとして取り組んでいるのが『掃印』です。
『掃印』は、《そばに置いておきたい掃除道具》をコンセプトに2005年から発売している商品です。
どこでも掛けておける「掛けほうき」をデザイナーの大治将典さんと協同で作っています。
洗面所・キッチン・仕事部屋などのすぐに手の届くところに掛けておけば、すぐに箒で掃除ができ、そんな習慣がついていく。
掃除が好きな人や、箒で掃除する人を増やすきっかけづくりに取り組んでいます。
「『掃印』は、『作るヒト、売るヒト、使うヒト』みんながメリットとデメリットを分担して、「関係性」を構築できるかのチャレンジでもあります。これは、よく言われることではあるけれど、実際、蓋をあけるとなかなかできないこと。新しいことをやろうとすると、どうしても職人さんに負担が大きくなってしまったり、給料がどうしても安くなってしまうんです。それをどこまで感受できるか、なんですよね。昔はこの構造で成り立っていました。だから、誰かに偏ることなく、みんなでリスクを分け合ってできる限界に挑戦しているんです。」
『掃印』は、作り手や売り手の在り方、人々の生活の本当の「豊かさ」を問い直す役割を果たしているように思います。
箒で掃除することが、掃除機で掃除することと同じくらいに、再びあたりまえになっていく可能性も強く感じました。
話を聞いていたら、あっという間に箒が完成していました。
一本一本、使うヒトが掃除をしやすいように、バランスをみながら職人さんの手仕事によって生み出されています。
実際に、見に行って、作り手の話を聞いて自分の生活で使う道具を選ぶ。
そんな日常が昔はあたりまえにあったこと、そして今も続いていて自分の毎日に取り入れられること、そんなことを頭に残してもらえたら嬉しいです。
自分が、一番心地よく毎日を過ごすために、
一番そばにいてくれる道具から見直すのもいいかもしれないですね。
― 暮らしの選択肢を広げることが「豊かさ」に繋がる
(引き店頭写真)
今回取材させていただいた白木屋伝兵衛商店さんは、
新しいことにチャレンジしながらも、その中には「変わらないもの」を大切にし続ける素敵な精神を持っていました。
良い意味で、「伝統」や「老舗」へのイメージが変わり、長く寄り添ってくれるものを自分の生活にも取り入れたいと思うようになりました。
掃除機も便利だけれど、箒だってとっても便利。
サッと取り出せて、ホコリに気がついたらすぐに綺麗にできます。毎日少しずつ掃除することで常に心地よい空間を保つことだって気軽になります。長く使えるから、道具に愛着も沸いてどんどんあなたの手に馴染んでくれ、一つの場所だけではなくて、いろんなところで活躍してくれるでしょう。
こんな暮らしの選択肢、いかがですか?
あなたにとっての「豊かさ」を考えるきっかけになれば嬉しいです。
良いものだからといって、遠ざける必要はなくて、
むしろ、一番やさしくあなたの近くで寄り添ってくれるかもしれません。
この記事を読んだ皆さんの毎日が、
少しでもやさしく心地よいものであり続けますように。
「紡」をつむぐ人
関野菜子
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