こんにちは!浅野有希です。
今回は、私が志す『地域活性』について記事を書きたいと思います!!
地元の人にとっては“当たり前”だった秋田県鹿角市の景色
私が地域活性化の道に進もうと決めたきっかけは、秋田県の北の方にある地域、鹿角(かづの)市へ訪れたことでした。
大学二年生の冬、「東京の女子大生が秋田県鹿角市の企業を訪問するツアー」に参加したのです。埼玉県朝霞市という東京のベッドタウンで生まれ育った私にとって、はじめて見る景色に大興奮。(これは前回の記事でも書きました!)
ただ当たり前のことなんですけど、私にとっての「非日常」は地元の人にとっての「日常」でした。
私にとっては人生を変えるほどの感動がそこにはあったのですが、例えばネットで「秋田県鹿角市 観光」と検索をしても、市役所のホームページや数十年前の情報しか出てこないのです。こんなにも魅力的な地域なのに、なぜネット上に情報が載っていないのか……すごく「もったいないなあぁあ」という気持ちを抱いたのを覚えています。
鹿角市のことがただただ「好き」になったのはもちろん、日本にはまだ知られていない魅力がたくさんあるのではないか、という地域活性への“可能性”を感じました。
最近の若者はなぜローカルを魅力的に感じるのか、という話で一番私が腑に落ちている理論が「“関わりしろ”があるから」ということです。“関わりしろ”、いわゆる自分が関わる余白ですね。
自分が何か行動を起こしても、東京では例えば5万分の1というちっぽけな影響力しかないとします。でも、秋田県鹿角市だったら3千分の1なんです。今日やったことがダイレクトに、その地域へ影響する可能性を感じられます。だから、最近の若者はローカルを魅力的に感じているのではないか……。すごくしっくりきませんか?
ただ、私は東京が悪くて地方が最高!だなんて思っていません。
今は東京の一極集中状態ですが、そろそろ「東京もひとつのローカル」という認識が当たり前になるのではないでしょうか。
そう考えると、地域活性という分野へのワクワクが止まりません。
「情報発信」の限界
では、地域活性と言っても何ができるだろう?何が効果的なのだろう?
地域活性という分野に飛び込みたいと思ったものの、右も左もわからず、ひたすら調べたりイベントに参加してみたりしました。
当時、秋田県鹿角市で感じた「もったいないなあぁあ」という気持ちから、地域の魅力を伝えることが地域活性になるのではないかと考えました。そんな時、私に絶好のチャンスをくれたのが『ニッポン手仕事図鑑』です。
ある日突然「オンラインマガジンの編集長をしてみない?」と声をかけてくれたんです。じっとしているよりも、まず行動したいタイプの私は一秒で「やります!!」と即答。今になって知りましたが、もしもここで少しでも躊躇したらお互いのためにもこの話は流そうと思っていたそうです。(危なかったー……笑)
こうして、ごく普通の大学生だった私がオンラインマガジン『ふたりごと文庫』の編集長となりました。コンセプトや運営の方法などすべて任せてもらい、ありがたいことに一年半が経ちました。
しかし、編集長を任せてもらって約3か月が経った頃、一つの壁にぶつかったんです。
「あれ?情報発信から直接、地域活性化につなげるのって難しくない?」
「つながったとしても、それを目で見て実感するのって不可能に近くない?」
ということ。
地域活性化と一口で言っても様々あります。
地域で何かを生み出す人、それを守り支える人、情報発信する人。
それぞれの役割があり、誰かが欠けては成り立ちません。
その中で、私がやりたい地域活性というものは「情報発信」ではなかったのだと気が付きました。……と言うと少々語弊があるかもしれません。これからやっていきたいと思えることとして、「情報発信」という枠だけでは満足しないんだと気が付いたんです。
将来やりたいこと
では、私は将来どんなことがしたいのか。
それは「持続可能な地域活性化」ということです。
なんだか「持続可能」なんて言うとすごく難しく捉えられてしまうのですが、全然そんなことはなくて。
たくさんの地域活性の現場を見させてもらってきた中で、「一過性」の取り組みというのがすごく惜しいなと感じたんです。言葉は悪いかもしれませんが、“一発屋”の地域活性。やっていることやその想いは素晴らしいものなのに、それが一回限りで終わってしまって続かない……。
続けるにはもちろん、お金が必要になります。
ボランティアや無収益で活動を行うとなると、ずっとは続けていられません。自己犠牲が強いられてしまいます。だからこそ、「経済効果」を生み出すことが大切だと考えています。
私はそもそも、誤解を恐れずに言うと地域活性とは「その地域でお金を生み出すこと」だと考えているんです。
地域活性や復興支援など、それでお金儲けをしていると「汚い」「悪だ」って思われることが多いと思うんです。私も今までそうでした。
地方の補助金を東京の会社がもらって事業をはじめるも、実情はほぼ何もしない……なんていう、すごく良くない話を耳にすることもあります。
でも、地域活性や復興支援をビジネスにすることが一概に悪だとは言えません。
自己犠牲を払ってそれが続けられなくなって、その後残された地域はどうなるのでしょうか。
私は経営学を学んでいるというのもあって、「ビジネス=汚い・悪」だなんて思っていません。
外の人もお金を稼いで、その地域の経済効果もあげる。この両方が達成すれば、外の人と地域とでWin‐Winの関係が築くことができるのではないかと考えています。
そしてもちろん、ビジネスというのは結局、人と人とで行うものです。ビジネスと言っても、やっぱり信頼関係が第一ですね。
経済効果の他にもう一つ、持続可能が大切だと思っている理由が「自立・自走」ということです。
外の人が手を貸して地域活性に取り組むけれど、一度きりまたは一年きりで外の人達が手を引くとします。そうすると、その地域や人には何が残るのでしょう。
もちろん、物理的に何かを残したり、人の心に何かを残したりすることは可能かもしれません。それもすごく素敵で大切なことで、私もそんなことができればいいなと思いながら活動をしています。
でも、やっぱり外の人が手を引いた時に、その地域が自立して走っていくことができるようになることが一番だと思うんです。
だから私が将来やりたいことは、「持続可能な地域活性化」なのです。
今私が持っている能力だけでは難しいかもしれませんが、実現するために一歩一歩、進めていければいいなと思っています。

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